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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)5698号 判決 1961年10月12日

原告 阪南海運株式会社

被告 株式会社島田商会 外一名

主文

原告の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の申立及び主張

原告は「被告らは原告に対し、各自金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年一二月一七日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は肥料類の販売業をあわせ営むものであるが、昭和二七年一〇月、被告味の素株式会社(以下被告味の素と称する)の副産物製品であるエスサン肥料につき、被告味の素の総代理店である被告株式会社島田商会(以下被告島田商会と称する)との間に、(1) 原告を大阪府一円を販売区域とする同肥料の特約販売店とする、(2) 同被告は大阪府下においては原告以外の者に対し同肥料を販売しない、(3) 同被告は原告以外の者が大阪府下において同肥料を販売することを許さない、旨の一手販売権につき特約店契約を結んだ。

(二)  右エスサン肥料は、「味の素」を製造するさいにできるかすを原料とするものであつて、肥料価値が少なく、一般消費者の間の評判も悪かつたので、原告は右特約販売店契約締結後長年にわたり多大の費用と犠牲をついやして宣伝を行い、市場の開拓と顧得に努力し、その結果最近に至りようやく同肥料の大阪府下における売れ行きが軌道に乗るようになつた。

(三)  ところが、このときに至り被告ら両名は、相はかつた上、原告と事前の協議や右特約店契約の改訂方の交渉をすることなしに、昭和三三年五月ごろ被告島田商会において突然に原告に対するエスサン肥料の販売を停止するとともに大阪府経済農業協同組合連合会に対し大阪府一円でのエスサン肥料の特約販売を許容し、かつ被告ら両名協議の上、同協同組合連合会をして、原告が同肥料の販売に関しあたかも不正不当の利益を得ているかのような趣旨の不実の文言を記載した宣伝ビラ等を配布させるなど、同協同組合連合会に有利な宣伝につとめさせた。

このため原告はそのころからエスサン肥料の販売を続けることができなくなり、これまで同肥料販売のため宣伝等につとめてきた原告の多年の努力と犠牲も一切が無駄に帰するところとなつた。

(四)(1)  原告は昭和二七年一〇月前記特約店契約締結後右昭和三三年五月の販売継続不能の事態に立ち至るまで、大阪府下において合計約一二、〇〇〇俵のエスサン肥料を売捌いたがこの売捌きのため一俵につき金五〇円の経費をついやしており、そのうち半額は同肥料の宣伝、市場の開拓、顧客の獲得その他将来の販売継続のための諸出費にあてられていた。原告はこれらの諸出費を以つてエスサン肥料販売に関する老舗を築きあげたものであるから、昭和三三年五月当時において原告が有した右老舗の価値は金額にして金五〇〇、〇〇〇円と見積るのが相当である。

(2)  前記特約店契約締結後原告の努力によりエスサン肥料の大阪府下における販売成績は次第に向上のあとをたどり、将来においてもなお向上を続ける見込が確実であつたから、前(三)記載のごとき被告らの侵害行為さえなければ、原告は昭和三三年五月以降一年間に五、〇〇〇俵の同肥料の売上を期待できる実状にあり、将来五年間に合計二五、〇〇〇俵を売捌くことができたはずである。そして一俵を売捌くごとに原告は金一〇〇円の純利益を得る立場にあつたから、右五年間で合計金二、五〇〇、〇〇〇円の利益を得ることができた。

従つて、原告は被告らの前記侵害行為のため同肥料の販売を継続することが不能になつたことにより、右(1) の金五〇〇、〇〇〇円相当の老舗をいつきよに失い、また右(2) の金二、五〇〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、合計金三、〇〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つた。

(五)  前(三)記載の被告島田商会の行為は原告との前記特約店契約に違反することが明らかであり、同被告は、被告味の素と相はかつた上、同被告と共同して右契約を不履行したものである。また、被告味の素は、原告と被告島田商会間に前記特約のあることを知りながら、同被告と相はかつた上、同被告をして右契約を不履行させ、原告の権利を侵害した。このように被告らは共同して原告と被告島田商会間の特約店契約関係を破壊し、原告の権利を侵害して(四)記載のごとき損害を生じさせたものであるから、いずれも原告に対し債務不履行の責任と同時に共同不法行為の責任を負わなければならず、連帯して右損害を賠償すべき義務がある。

よつて、原告は被告らに対し、本訴を以て、債務不履行と不法行為による各損害賠償の請求として、右損害中、(1) の老舗喪失による損害額五〇〇、〇〇〇円の内金三〇〇、〇〇〇円、及び、(2) の得べかりし利益を喪失したことによる損害額二、五〇〇、〇〇〇円の内金一、七〇〇、〇〇〇円、以上合計金二、〇〇〇、〇〇〇円、並びにこれに対する本件訴状送達ののちである昭和三三年一二月一七日以降支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各連帯支払を求める。

なお原告は、被告島田商会の主張に対し、右特約店契約に期間の定めがあつた事実、及び、同被告が原告以外の者と取引をするに至るまでの経過に関する同被告の主張事実をそれぞれ否認し、右契約関係は同被告の債務不履行当時まで引続いて存在したものである、と述べた。

二、被告島田商会の申立及び主張

被告島田商会は「原告の請求棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)  原告主張の事実中、(1) 原告が肥料類の販売業を営むものであること、(2) 昭和二七年一〇月、原告と被告島田商会との間に原告主張のごとき一手販売権つき特約店契約を締結したこと、(3) 昭和三三年五月ごろ同被告が大阪府下で原告以外の者にエスサン肥料を販売し、その結果原告主張の大阪府経済農業協同組合連合会が同肥料を取扱うようになつたこと、はいずれも認めるが、その余の原告主張事実を争う。

(二)  被告島田商会は、被告味の素が製造するエスサン肥料につき、大阪府一円及び広島県西部を販売区域とする、同被告の一手販売特約店であつたが、昭和二七年一〇月、原告の申入により、原告との間に原告主張の一手販売権つき特約店契約を、有効期間を一年と定めて、締結した。従つて、右契約関係は昭和二八年一〇月ごろ約定期間満了により終了したものである。その後は両者の間にそのような契約関係はなかつたが、ただ被告島田商会は、右契約関係があつたことを尊重し、その後においても事実上従来どおりに原告との取引を続けてきたに過ぎない。

(三)  このように被告島田商会は、昭和二八年一〇月ごろまでは右契約に基き、その後は事実上の結果として、原告に大阪府下におけるエスサン肥料の一手販売をさせてきた。しかるに原告の売捌きぶりは期待に反して低調であり、一方製造元である被告味の素は、昭和三一年ごろから同肥料の増産態勢にはいつて、被告島田商会に従来以上の販売量を割り当て、昭和三二年三月には原告以外の特約店を設けて大阪府下での販売成績の向上をはかることを勧告し、その後においても大阪府下における販売成績の低調を指摘し、被告島田商会に対し右販売量の拡大を強く要求してきた。

(四)  そこで昭和三二年四月被告島田商会は原告に右の事情を説明して原告の努力を求めるとともに、もし原告に意欲がなく協力的でないならば他に特約店を設けて販売量の拡大をはかるのほかはない、と申入れたが、原告はそれもやむを得ない旨回答し、次いで同年八月被告に対し一手販売権を返上したい旨の希望を申し述べ、同月以降はエスサン肥料を一袋も注文せず、昭和三二年一二月一一日、肥料の需要期を迎え、被告島田商会が原告に昭和三三年一月から同年六月までの販売予定数量を照会したのに対しても確答せず、昭和三三年三月販売量拡大対策のため大阪府下の関係業者が打合わせ会を開いた席上でも、原告はエスサン肥料の販売に意欲をみせず、このため被告島田商会は大阪府下における同肥料販売の前途の見通しを立てることができないありさまであつた。

(五)  このような被告味の素と原告の態度に対し、被告島田商会は昭和三二年九月ごろとりあえず原告以外に松田佐泰商店を特約店に起用し、原告と並んで大阪府下での同肥料の販売にあたらせることにして、その旨原告に通知したが、原告からの注文が引続いてなかつたので、販売量拡大対策としてさらに農業協同組合を利用することを考え、原告にもその旨を再三予告したのち、農業協同組合を通じても同肥料を売捌くことを決意し、昭和三三年四月ごろあらためてその旨を原告に通告したところ、やむを得ない、との回答があつたので、同年五月ごろ、当時すでに大阪府経済農業協同組合連合会と取引をしていた訴外光洋物産株式会社とエスサン肥料の取引を始め、同会社が右農業協同組合連合会にこれを転売するところとなつた。

(六)  右のように訴外光洋物産株式会社と取引を開始してから後も、被告島田商会は原告とのエスサン肥料の取引を拒否するつもりはなく、原告が従来どおり同被告と取引し、同肥料を販売することはもとより自由であつた。また、前記農業協同組合連合会がどのような宣伝をしたのかは知らないが、被告島田商会はこれに関係していない。

(七)  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、

(1)  最初に定められた有効期間の満了により、昭和二八年一〇月ごろ以降においては原告と被告島田商会の間に原告主張のごとき特約店契約関係の存在しなかつたこと、

(2)  かりにその後右契約関係があつたとしても、同被告が訴外光洋物産株式会社に販売を始めたのは以上のごとき諸事情があつたからであり、事前にその旨を原告に通告し、かつこれに対し原告の同意を得ているから、これにより右契約関係が終了するに至つたこと、

の各点においてすでに失当である。

三、被告味の素の申立及び主張

被告味の素は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告が被告味の素の製品であるエスサン肥料を販売していたこと及びその後被告島田商会が大阪府経済農業協同組合連合会を通じて同肥料を販売したことは認めるが、同被告と原告との間に原告主張のごとき特約販売店契約が結ばれたことは知らないし、同被告が右農業協同組合連合会に同肥料を販売したことにつき被告味の素はなんらの関与もしていない。その余の原告主張事実は全部争う。契約不履行による損害賠償義務は契約当事者であつてはじめて負担し得るものであるから、契約になんら関係のない被告味の素に対する原告の右請求は失当である。また、同被告は被告島田商会の契約不履行につきなんら関与するところがないから、被告味の素が不法行為の責任を負うべきいわれもない。

四、証拠

原告は、甲第一号証の一及び二、同第二ないし第四号証を提出し、証人南部佐十郎、同辻川源男の各証言を援用した。

被告島田商会は、証人荒井厚雄、同奥山新一、同堀辺正己の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知、と述べた。

被告味の素は、証人神田稔の証言を援用し、甲第一号証の一は官署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、同号証の二及び同第二号証の各成立を認める、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、被告味の素の製品であるエスサン肥料につき、昭和二七年一〇月ごろ原告と被告島田商会の間に原告主張のごとき一手販売権つき特約店契約が締結された事実は、同被告の認めるところである。

また、証人南部佐十郎、同辻川源男、同荒井厚雄及び同奥山新一の各証言を総合することにより、被告味の素に対する関係においても、原告主張の右契約締結の事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

そして、右各証人及び証人堀辺正已の各証言(ただし証人南部及び同辻川の各証言については後記採用しない部分を除く)、ならびに、証人辻川源男の証言によつて真正に成立したことが認められる甲第三号証、及び、証人南部佐十郎の証言によつて真正に成立したことが認められる甲第四号証を総合すれば次の各事実を認めることができる。

(1)  被告島田商会は、大阪府一円及び広島県西部を販売区域とする、被告味の素の一手販売特約店として、昭和二七年ごろから同被告の製品であるエスサン肥料の販売を始めることになつたが、間もなく、当時海運業を主として営みながら副業として各種肥料の卸売業を営んでいた原告から、大阪府一円については原告を被告島田商会の特約店として、同肥料の一手販売をさせてほしい旨の申入れがあつたので、被告島田商会からも原告に対し、当時肥料界で新顔の同肥料の宣伝、販売量の増加に協力してほしい旨を依頼し、両者協議の上、昭和二七年一〇月ごろ、有効期間を一年と定めて、原告主張のように、原告を大阪府一円を販売区域とするエスサン肥料の特約販売店とし、被告島田商会は同府下においては原告以外の者に同肥料を販売せず、また原告以外の者に同府下で同肥料を販売することを許さない旨の一手販売権つき特約店契約を締結した。

(2)  右契約に基き、原告と被告島田商会間で右一年間に同肥料三〇キログラム入二、二八八袋の売買取引が行われたが、一年を経過した昭和二八年一〇月ごろ、原告と同被告間で従来の契約関係を、期間の定めなしに、そのまま継続することの合意が成立し、従つてその後においても被告島田商会は従前同様原告を大阪府における同肥料の一手販売権つき特約店として取扱い、原告もそのように行動してきた。

(3)  このように原告と被告島田商会の間にエスサン肥料の一手販売権つき特約店契約が結ばれたが、同肥料は効能、価格等の点において他の肥料より特にすぐれたところがなく、売れ行きの増加ぶりは必ずしも著しいものではなかつた。そこで原告は販売元の被告島田商会や製造元の被告味の素の協力を得たうえ、一般需要者(農家)や卸売先である農業協同組合及び小売店に対し同肥料の宣伝等販売量の増加のためのピー・アールを行い、あるいは原告独自の立場から、他の取扱い肥料とともにエスサン肥料の宣伝にも努め、被告島田商会との間に、昭和二九年の三二七袋(一袋は三〇キログラム入り)、同三〇年中の八一七袋の各売買取引に引き続き、同三一年中には一、八三四袋、同三二年には八月中ごろまでに五、一七四袋のエスサン肥料の売買取引を行い、原告の卸売数量の点においても、エスサン肥料の全取扱肥料量中に占める割合が約一割近くになるまでに至つた。

(4)  昭和三一年ごろからエスサン肥料が次第に増産され被告島田商会は被告味の素から大阪府下における売れ行きの不振を指摘され、販売成績の一戸の向上方を要請されていたので、右のごとき原告との取引量では満足でもなく、原告に対し更に売捌き量を増加することを要請することがしばしばであつた。しかるに昭和三二年八月中旬までの仕入れにより大量の在庫品をかかえ、しかもそのころ従来の旧製品より燐酸成分が若干増加した新製品が製造されるようになつたので、新製品を仕入れる前に在庫品の旧製品を売捌く必要があると考えた原告は、そのころ以降被告島田商会に対し一袋の注文もしなかつた。同年一二月一一日ごろ毎年の例にならい被告島田商会が原告に対し翌年一月から六月までの間の取引見込数量を照会したのに対しても、原告は右旧製品の在庫等を理由に明確な回答を与えなかつた。そこで被告島田商会はその後も機会あるごとに原告の売れ行き増加のための努力を要請したが、原告は努力しているがなかなか売れない、と言うのみで、昭和三二年八月中旬以降取引が中絶したままで事態好転の見込が立たなかつた。そこで被告島田商会は同年九月ごろ原告の同意を得た上で、あらたに訴外松田佐泰商店を大阪府下泉州方面を販売区域とする(原告と競合する)特約販売店に指定した。さらに被告島田商会は農業協同組合を通じてエスサン肥料の売れ行き増進をはかることを考え、原告にもその意のあることを知らせ、おそくとも昭和三三年三月ごろにおいては、当時すでに大阪府経済農業協同組合連合会(以下豊協連と称する。)と肥料の取引をしていた訴外光洋物産株式会社(以下光洋物産と称する)と交渉の上、同訴外会社とも同肥料の取引を始めることを決意し、同年四月末ごろ原告にその旨通告し同年五月ごろから光洋物産と取引を開始するに至つた。

(5)  光洋物産は被告島田商会から売渡しを受けたエスサン肥料を農協連に転売することとなり、農協連は傘下の農業協同組合に対し、同月一二日付で、農協連を通じてエスサン肥料を購入するときは一般小売商を通じて買入れるのに比し農家渡価額で一袋につき約一〇〇円廉価になる旨を記載した案内書を配付した。従来原告はエスサン肥料の販売量中約二分の一から三分の二程度を各地の農業協同組合に売渡していたが、そのころ以降同肥料を農業協同組合に売ることができなくなり一般小売商のみを相手にして、当時保有した一、〇〇〇袋ないし二、〇〇〇袋の在庫品を昭和三四年以降に至りようやく消化することができた。

以上の事実を認めることができ、証人南部佐十郎及び同辻川源男の各証言中右認定に反する部分は、前記各証拠に照して信用することができず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、原告主張事実中、被告島田商会が光洋物産とエスサン肥料の取引を開始すると同時に原告に対する同肥料の販売を停止した、とする点はこれを認めるに足りる証拠がないむしろ前認定の各事実に証人辻川源男の証言を総合するとき、原告は当時まだ相当数の在庫品があつて急に被告島田商会に注文する必要もなくその後も新規の注文をしなかつたので、今日に至るまで新規取引が行われるに至らなかつたに過ぎないことが明らかである。更に原告主張の事実中、「被告らが農協連をして、原告がエスサン肥料の販売に関しあたかも不正不当の利益を得ているかのような趣旨の不実の文言を記載した宣伝ビラ等を配付させるなどした」、とする点もこれを認めるに足りる証拠はない。すなわち前記(5) の案内書(甲第三号証)に記載された内容の要点は前記認定のとおりであつて、その内容が虚偽であるとする証拠もなければ、被告らがその配付を指示し、これに協力したと認めるべき証拠もない。

一方、被告島田商会主張の事実中、原告が同被告と光洋物産との間のエスサン肥料の取引開始に同意を与えた、とする点は、これにそう証人荒井厚雄、同奥山新一の各証言の一部はにわかに措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、被告島田商会が光洋物産とエスサン肥料の取引を開始すべき旨をあらかじめ原告に予告し、昭和三三年四月末ごろその旨を通告したことは前認定のとおりであるが、証人南部佐十郎及び同辻川源男の各証言ならびに前記甲第三号証に弁論の全趣旨を総合すれば、同被告は右予告ないし通告にあたり、光洋物産が農協連と取引するに至るであろうことを知らせておらず、従つて、原告は、同被告が光洋物産と取引することにより、前記(5) のごとく、原告がエスサン肥料の重要な得意先としていた各地の農業協同組合との取引を奪われる結果を生じることを予想していなかつたことが明らかであつて、これに反する証人荒井厚雄及び同奥山新一の各証言の一部は信用することができない。

二、前認定のごとく、昭和二七年一〇月ごろ原告と被告島田商会との間に原告主張のごとき一手販売権つき特約店契約が有効期間を一年として締結されたのち、昭和二八年一〇月ごろ両当事者間に右契約関係を期間の定めなしにそのまま継続する旨の合意が成立したことにより、両当事者間には従前に引続き右一手販売権つき特約店契約関係が存続するに至つたものである。このばあい、前記認定の各事実に照せば、被告島田商会が原告に対し一手販売権を許与する旨約するに至つたのは、両者の間に経済的従属関係を生じさせるため、あるいはすでにある経済的従属関係を維持強化するため、またはすでにある経済的従属関係を利用するなどして、行われたものではなく、むしろ、同被告の取扱つていたエスサン肥料につき、供給事業者の立場にあつた同被告と、肥料一般の販売事業者の立場にあつた原告とが互に協力して市場の開拓、顧客の獲得に努力し、大阪府下における消費量ないし販売量を拡大させ、これによる利益を相互に享受すべく、このための両者間の協力関係や連帯感をより強固にする一つの手段としてなされたものであることが充分に推認でき、他にこれに反する証拠はない。従つて、右契約は有効であり、同被告は、約旨に従い、原告に対し大阪府下における同肥料の一手販売権を許与すべき債務、すなわち、同被告自身同府下においては原告以外の販売事業者や消費者に同肥料を売捌くことなく、同時に原告以外の事業者が同府下において同肥料を取扱うのを防止すべき債務がある、とすべきはもちろんである。それのみならず、右継続的な特約販売店契約関係において双方の契約当事者が持つその余の諸債務の内容を判断する上においても、右のごとく被告島田商会が原告に対し同肥料の一手販売権を許与していることを前提にして考えなければならない。

すなわち、同契約関係において、被告島田商会は、原告に対し右一手販売権を許与すべき債務を負うほか、社会通念上要求される範囲、あるいは契約当時両当事者間で予想された範囲を超え、またはそれが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律その他の強行法規に触れない限り、原告を自己の特約販売店として待遇し、原告からエスサン肥料の取引の要求があればこれに応じ、原告自身の行う同肥料の販売、宣伝その他市場開拓、顧客獲得のためのピーアールの企画ないしその実施に協力を与え、またこれらの諸事項や取引条件に関する原告の諸申出を信義に従い、誠実に協議し解決するように努力すべき諸債務を負うのであり、一方原告も、前記同様の限度において、同肥料に関する被告島田商会の一手販売権つき特約販売店としての責任を果すべく、自ら進んで同肥料の販売成績の向上、市場の開拓、顧客の獲得等に努力するのはもちろんのこと、同被告の行う同肥料の販売量拡大のための諸方策、宣伝、ピーアール等の企画ないしその実施に協力を与え、これらの諸事項や同肥料の取引条件等に関する同被告の諸申出を信義に従い誠実に協議し解決するように努力すべき諸債務を負うものと言わなければならない。

三、被告島田商会は、右のごとき契約関係があるばあいでも、光洋物産との取引開始にさいしてはあらかじめ原告にその旨を通告し、かつその同意を得たから、右契約関係はこれにより終了し、従つて、その後同被告が原告以外の者とエスサン肥料の取引を開始するに至つても、このことに関し同被告が責任を負うべき理由はない、と主張している。この主張事実のうち、同被告があらかじめ原告に通告したことは認められるがこれに同意を与えた事実の認められないことは前述のとおりである。

そこで、契約当事者の一方の意思表示のみにより、右一手販売権つき特約店の契約関係を解消することができるか否かについて考察することにする。

(一)  本件のばあい、被告島田商会が原告に対し一手販売権の許与を約するに至つた動機ないし目約は前述したとおりであつて、一手販売権の許与も、該目的を達するためにこそ結ばれた、全体としての特約店契約の一個の要素をなしているに過ぎないのであり、かつ右特約店契約関係は継続的な法律関係である上にその契約目的ないし契約効果の点において、特に契約当事者間の信頼関係の存在が重要な前提をなすものであることが明らかであるが、一手販売権許与の右のごとき動機及び全体としての契約中に占める意義はともかく、いつたんその許与が約された以上、これに依存する原告の独自の利益はきわめて重大である。従つて被告島田商会が右契約関係を解消し得るか否かということは、一般に契約当事者間の信頼関係の存在が重要な前提をなす継続的法律関係を各当事者が一方的に解約告知することにより解消し得るかどうかという観点のみからするよりも、主として一手販売権許与の債権、債務自体が持つ性格を明らかにすることにより解決すべき問題である。

(二)  ある事業者が自己の取引の相手方として何人を選択するかは元来その事業者の自由に属すべきことがらであつて、他に合理的な根拠もないのに、この取引相手方選択の自由を不当に奪い、かくしてその者の経済活動の自由を不当に拘束することは許されるべきではない。

(1)  相手方に一手販売権を与えることを内容とする契約が締結されているばあいであつても、その当事者がそのときの自由意思に基き、もつぱら該相手方のみを取引の相手方に選択して取引を継続しており、その反面において右契約に基く一手販売権許与の債務が結果として履行されているばあいには、その状態を以つてなんら経済活動の自由の拘束として問題にする余地がない。

(2)  右のごとき契約締結にあたり、双方の当事者がその自由意思に基き自発的に決めた相当の有効期間が定めらているばあいには、一手販売権を許与した当事者が契約締結後たまたま該契約の相手方以外の者との取引を欲するに至つても、右の有効期間が経過するまでは契約に拘束され、該相手方以外の者との取引の自由が奪われる結果になるのも、他に特段の事情のない限り、やむを得ない、むしろ当然のことであるとしなければならないばあいが多いであろう。

(3)  しかし、有効期間の定めがない場合は、契約締結後主観的または客観的な事情の変更を来たし、一手販売権の許与を約した契約当事者が該契約の相手方とのみ取引を継続することに満足せず、それ以外の者との取引を欲するに至つたばあいに、なおかつ右契約に拘束されるものとすれば、一手販売権を許与した契約当事者は、所定の地域内において他の販売事業者とも取引をし、自己の経済活動を盛んにしたいと欲しながら、なおかつ一手販売権者を通じてのみしか取扱商品を消費市場内へ流通させることができず、それについてはたえず一手販売権者の販売活動のいかんに依存従属しなければならない結果、自己の持つ本来の経済的能力を充分に発揮し活用することが妨げられ、他の同種の製造業者または販売業者との間の右所定地域内における競争関係において劣悪な地位に立たなければならないことになるのである。そうとすれば、たまたま契約当初に相当の有効期間を定めなかつたばかりに、他にこれを正当としあるいはやむを得ないものとすべき特別の合理的根拠もないのに、いつまでも右のごとく取引の相手方選択の自由を奪われ、自己の経済活動の自由を拘束されるとする契約の効果を認めることは不当であり、このような拘束状態を強制的に存続させることは公序良俗に違反するものというべく、かかるばあいには、契約当事者に一手販売権許与の拘束から逃れ得る方途を保障しなければならない。このことは、民法及び商法が目的財産を設定してある事業を共同経営することを内容とする組合及び合名会社(後者については社員の競業禁止が定められている)につき、組合ないし会社の存立時期の定められているばあいといえども、やむを得ない事由のあるときは、各組合員ないし社員においていつでも脱退または退社することができる旨定めるとともに、存続期間の定めのないとき、あるいは組合員ないし社員の終身間存続すべき旨定められているばあいには、各組合員ないし社員は原則としていつでも自由に脱退または退社できる旨規定しているほか、代理商につきほぼ同旨の規定をおいていることからも充分理解し得るところである。

(三)  してみれば、一般に本件のごとき有効期間の定めのない一手販売権つき特約店契約関係において、一手販売権許与の債権債務は特にこれを許与された当事者にとつて重要な意義を持ち、かかる許与のなされた動機及び全体としての契約中に占める意義役割にもかかわらず、これに依存する該当事者の独自の利益は大きいが、この利益も、結局以上のごとき一手販売権許与の一方の当事者からする拘束離脱の自由を前提としてはじめて保護され得るに過ぎないものと解するのが相当である。

しかして、一手販売権許与の債権債務に対する以上のごとき考慮を除いては、当事者双方の信頼関係の存続を前提とし、当事者双方の協力義務を中心とした継続的な債権債務の負担を内容とする本件のごとき特約店契約関係につき、他に、当事者の一方からする解約告知が許されないとする理由は存しない。

従つて、契約締結後諸種の事情変更により相手方に対し一手販売権を許与し続けることが自己に対する経済活動の自由に対する拘束であると感じるに至つた一方の当事者は、他にかかる拘束を正当としあるいはやむを得ないとすべき合理的根拠のない限り、いつでも、本件のごとき期間の定めのない一手販売権つき特約店契約を解約する権利を有するものとしなければならない。

もつとも、このように一手販売権許与の拘束を解約告知によつて免れ得る状態になつたときでも、両当事者の間には相互の信頼関係を基礎にする継続的法律関係が存在するのであるから、右告知権を行使するにあたつては、信義則上要求される範囲において事前にこのことに関し相手方と充分協議して円満解決に達するよう努めるとともに、一手販売権を奪いあるいは取引関係を終了することにより相手方に生じる損害を最少限度にくい止めるよう努力する義務があるのであつて、かかる努力を経ることなくにわかに告知の行為に出たときは、告知自体は有効としても、少なくとも右の点においては債務不履行の責任を免れることはできない。

また、前記のごとき事情に立ち至れば、一手販売権を許与した当事者においていつでも告知期間をおくことなく解約告知を行い、該拘束を免れ得るとする反面、該当事者が前段説示のごとき事前の協議義務等を充分につくしたばあいであつても、解約告知をして相手方の一手販売権を奪いあるいは取引関係を終了させたことに基く損害賠償の義務を該当事者に認め、以て両当事者間の衡平をはかるのが相当である。このことは、民法や商法などが、継続的法律関係の解約につき、原則として相当の告知期間を定め、そうでないばあいには、組合のごとく、組合のための不利な時期には原則として脱退をなすことができないとし、あるいは委任のごとく、相手方のため不利な時期に解約したときは原則として損害の賠償をなすべきことを命じ、さらには、継続的法律関係でないばあいについても、請負や他人の権利の売買のごとく、仕事の完成を必要としなくなつた注文者や権利を取得することのできない売主の立場を保護し、これに契約解除の自由を認める反面、相手方に対する損害の賠償を命じ、両当事者間の衡平をはかつていることに照しても、充分理解することができる。この場合の損害賠償の範囲には、もともと一手販売権許与の拘束を将来にわたつて強制することが許されず、他に将来にわたつて契約関係の存続を強制すべき理由がないとの考慮のもとに解約の告知が許されるのであるから、解約告知後の履行利益、すなわち将来なお契約関係が存続し、一手販売権の許与が続けられたものとすれば得ることができたであろうところの利益に対する損害賠償を含めることはできず、単に信頼利益に対する損害、すなわち将来においても契約関係が存続し、一手販売権の許与が続けられるものと信じたことによる損害、換言すれば将来契約関係が存続せず、一手販売権の許与が続けられないことをあらかじめ知つていたならば蒙ることがなかつたであろうところの損害についてのみ賠償の義務が認められるものとしなければならない。

(四)  そこで、以上の検討のあとを本件についてみることにする。

(1)  最初有効期間一年の定めのもとに一手販売権つき特約販売店契約が締結され、右期間が経過するころ、期間の定めなしに右契約が更新されたものである。

(2)  本件一手販売権つき特約店契約が締結された動機ないし目的は前述のとおりであり、他に被告島田商会が原告に対し一手販売権を許与しなければならないような負担を負いあるいはそのこと自体に対する対価を受領した事実はない。従つて、同被告が原告に一手販売権を許与した反面において受ける利益は、エスサン肥料の市場開拓、顧客の獲得、売上量の増加につき原告の協力を得ることができるということに過ぎず、一方、一手販売権の許与を受けた原告がその反面において負う負担も海運業にあわせて営む自己の肥料販売事業の一環としてエスサン肥料をも取扱い、その市場開拓、顧客の獲得に努力し、同肥料の販売量の増進に協力する以外にはなかつた。

(3)  前認定の経過に照せば、被告島田商会の事業全体にとり、大阪府下におけるエスサン肥料の販売事業は相当重要な比重を占めていたことを充分にうかがうことができるが、その反面、本件契約締結後海運業とあわせて肥料販売事業を営んでいた原告にとつて、エスサン肥料の取扱量はその最盛期においても全肥料取扱量の約一割程度にしか達せず、その上、本件契約締結の前後において原告が同肥料の市場開拓、販売成績向上等のため企業の物的、人的構成やそれをめぐる環境に重大な変更をもたらしたあとはない。

(4)  契約後原告とのエスサン肥料の取引量は漸次増加したが、製造元である被告味の素からも販売量の増進を強く要請されていた被告島田商会にとり、原告との取引数量は決して満足すべきものではなく、原告に対し売捌量の増加を要請することがしばしばであつた。それにもかかわらず、昭和三二年八月末ごろの最終取引以降翌年四月まで七ケ月余にわたり原告は同被告に対し一袋の注文もしなかつた。この点につき、原告は、新規取引を行わなかつたのは当時品質が改良された新製品が出廻ることになり、これを買取るまえに従前よりストツクした旧製品を売捌いておく必要があつたとの口実を設けているが、新製品が出廻りさえしなければ従来の旧製品につき新規取引が行われたであろうことを認めるべき証拠はない。しかもこの間原告は同被告が毎年の例にならい昭和三三年上半期の取引見込数量を照会したのに対しても明確な回答を与えず、販売のための努力を要請されても、努力しているがなかなか売れない、と言うのみで、一手販売権を許与された契約当事者として十分に誠意ある態度をとつていたとは決して言えない。そしてこのような事情のもとでは、被告島田商会は将来引続き原告に一手販売権を許与し続けることにより、前述のごとき本件契約締結の目的をなお充分に達し得ると期待し得ないのは当然のことと考えられる。

(5)  同被告は右のごとき原告とのみの取引量では足らずとし、昭和三二年九月ごろ原告の同意のもとにあらたに松田佐泰商店を起用し、さらに農協連を通じて品物を流すことを考え、昭和三三年三月ごろには当時すでに農協連と肥料の取引をしていた光洋物産と交渉を始め、同会社とエスサン肥料の取引をする意思を固めるに至つた。

前記一で認定した事実に基くとき、本件では以上のことが考えられこれらの諸事情を総合すれば、被告島田商会が原告とのみ一手販売を継続することに満足せず、原告以外の肥料取扱事業者である光洋物産とも取引すべく決意するに至つたことに関し、特に同被告を責めるべき理由はなく、それにもかかわらずなお原告に対する一手販売権の許与を強制するのが正当であるとすべき合理的根拠はみあたらないから、同被告は昭和三三年三月ごろ以降においては、原告に対する一方的告知により本件契約を解約しこれが債務を免れ得る立場にあつた、と解するのが相当である。しかして、同年四月末ごろ、同被告が原告に対し、原告以外の事業者である光洋物産と取引を始める旨を最終的に通告したことは前記認定のとおりであり、右通告は本件特約店契約の解約告知の意思を表示したものとみることができるから、これにより、両当事者間において一手販売権許与の債権、債務を含む従来の特約店契約関係は消滅するに至つたとしなければならず、その後同被告が右光洋物産とエスサン肥料の取引を行つたこと自体についてはなんら債務不履行の問題が生じる余地はない。

もつとも、被告島田商会が光洋物産とエスサン肥料の取引を始めたため、従来原告が取扱数量の二分の一ないし三分の二程度の取引を依存していた各地農業協同組合との間の同肥料の取引が断絶する結果の生じたこと、ならびに、同被告において当然このような結果の生じることを予想していたものと認め得る事情にあるにもかかわらず、同被告がかかる結果の生じ得ることを事前に告げ、このことに関し原告と協議するなどしなかつたことは前記認定のとおりであるが、すでに原告において一手販売権を持たない以上、右のごとき結果は自由競争によつて当然生じ得るところであるのみならず、農業協同組合の性格からしてやむを得ないものであり、特に被告島田商会が原告に不利な時期をねらい、または、原告に損失を及ぼすことを直接の目的とし、あるいは不当な差別条件その他の手段のもとに右のごとき行為に出るに至つたことは認められず、また、前記のごとき諸事情のもとにおいてはたとえ事前にその旨を告げ、原告と協議をつくそうと努めても、事態の好転を期待することは無理であると考えられる上、信義則上同被告にそこまでの義務があるとはなし難いから、これらの諸点についても同被告に債務不履行があるとすることはできない。

四、以上で検討したところにより、被告島田商会には原告主張のごとき債務不履行の責任のないことが明らかである。また同被告が光洋物産とエスサン肥料の取引を始め、これにより原告の得意先の一部(豊業協同組合)を喪失させるに至つたのも、すでに前述したとおり、違法な動機ないし目的からまたは違法な手段によつてなしたものとは認められず、右のごとき結果は、原告がすでに同肥料の一手販売権を失つていること、ならびに、同被告及び光洋物産に当然許されてしかるべき自由の範囲に属する営業活動及び農業協同組合の性格から生じた結果にほかならず、同被告の行為に違法性を認めることができないから、同被告に対し不法行為の責任を負わせることもできない。このように被告島田商会の行為が債務不履行及び不法行為のいずれにもあたらない以上、被告味の素に原告主張のごとき債務不履行または不法行為の責任を負わせることができないのは当然である。

しかしながら、右のような両被告に債務不履行ないし不法行為の責任を負わせ得ないとしても、被告島田商会が本件契約の解約告知したときは、原告に対しこれによる信頼利益の損害賠償をなすべきは前述のとおりであつて、原告の本訴請求中同被告に対し債務不履行を理由にして損害賠償を求める部分には当然右のごとき損害賠償の請求を含んでいるものと解されるから、この観点より、原告の損害に関する主張を検討することにする。

本件において右信頼利益に対する損害と言えば、たとえば、原告が将来なお一手販売権が許与し続けられるものとの前提のもとに特別の経費を出捐したことによる損害、あるいは将来の転売を見込んでエスサン肥料を仕入れたが、他の競争事業者も同肥料を扱うことになつたためこれが転売の不能、ないし困難を来たしたことによる損害または、将来被告島田商会から卸売の受け得ることを前提に他の者との間に転売を約したのに、右卸売を受け得ずこのため転売の履行不能に陥入つたことによる損害等を指すわけであるが、原告主張の損害中、請求原因(四)の(2) 記載の得べかりし利益金二、五〇〇、〇〇〇円の損害をかかる信頼利益の損害に含ませることのできないことは明らかである。また、請求原因(四)の(1) 記載の損害も、これを老舖の価格として構成するときは、結局将来得べかりし利益のあることを前提にしていることになるのであるから、同様に信頼利益に対する損害に含ませることはできない。ただ、右老舖の前提として主張している、昭和三三年五月以前に出捐された経費に関する主張について判断するに、証人南部佐十郎及び同辻川源男の各証言を総合すれば、原告は右時期以前のエスサン肥料の販売にあたつては、原則として常に売上利益を見込んだ価額で卸売りし、特に同肥料のために費した宣伝その他の諸経費のほか、原告が行つていた全肥料の卸売事業のために費した営業費中エスサン肥料の卸売事業のための営業費と見込まれる部分を算定し、これらをエスサン肥料の売上利益から差引計算しても、なお相当の利益を収めていたことが認められこそすれ、右時期以前に行われた右のごとき諸経費ならびに営業費の出捐中に、はたして同時期以降のエスサン肥料卸売事業継続のための経費として繰延べるべき出捐が含まれていたのかどうか、その額はいくらであるか等を明らかにし得る証拠は皆無であり、従つて、被告島田商会のなした解約告知により、信頼利益に対する損害が発生した事実を認めることはできない。

五、してみれば、原告の本訴請求はすべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 石垣光雄 岡本健)

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